#37 血縁がないからこそ見えた“親子”のつながり
今日のお話は、無精子症の夫婦や提供精子で子どもを授かった家族だけでなく、すべての親子・家族に届くヒントかもしれません。わたしが子育ての中で感じた、血縁がないからこそ、愛や信頼は「あって当たり前」ではなく「丁寧に育むもの」ではないか?というお話です。
寺山 竜生
2025.05.28
読者限定

私は無精子症という診断を受け、悩みながらも妻と共に、提供精子を用いた治療に踏み出しました。そうして、いまわが子と出会い、共に日々を過ごしています。当然ですが、私と我が子の間に血縁はありません。
私が持った「血縁がない親子関係」は、最初から『当たり前』を持たないという関係でした。だからこそ、幸か不幸か「親だからわかるはず」「似ているから伝わるはず」という思い込みがありませんでした。 むしろ「わからないからこそ、伝えよう」「伝わるように、耳を傾けよう」というスタンスが自然と育っていきました。